
命短し愛国者
転職したため、慣れない仕事に毎日心身ともにヘトヘトです。
というわけで、ブログの更新もなかなかできません。
通勤のお供にと副島先生の最新刊を購入しました。
米国の覇権が終わってゆくさまと中国頼みのこれからについて書かれていますが、前著等でも書かれている先月亡くなった愛国者中川昭一氏への謀略への怒りも綴られています。
(引用開始)
p202
中川氏は昨年9月に財務・金融大臣に就任してから、アメリカに対して正論を吐き続けた。「日本はもうこれ以上、米国債を買い増ししたくない。アメリカは身勝手だ。アメリカはニューヨークで起きた金融危機の責任を自覚すべきだ」と言った。この1年間に数回、緊急で開かれたG7(7ヵ国財務相・中央銀行総裁会議)の席でも、日本を代表して堂々とアメリカを批判した。中川昭一は立派な愛国者であった。
この中川大臣の態度に徐々に怒り出したアメリカは、中川氏の弱点というべき“アルコール依存症”で彼を日本財務大臣の座から引きずり下ろすことを謀った。
現世界銀行総裁のロバート・ゼーリックが「もう我慢ならない。中川昭一を失脚させろ」と、自分の手下の日本財務官僚たちに命令を下した。中川大臣は左ページの写真にあるとおり、“酩酊会見”の前日(2月13日)に、「日本政府は1000億ドル(9兆円)をIMFに拠出する」として、IMFのドミニク・ストロスカーン専務理事と調印式を行っている。
これにアメリカは怒ったのである。すでに自分たちアメリカの金だと思っている、日本の外貨準備高1兆ドル(100兆円)のうち1割(1000億ドル=9兆円)を、チェコやハンガリーを緊急で助ける資金として日本が分け与えてしまったからである。IMFのストロスカーンは「今どき、こんな寛大な国は日本しかいない」と泣くようにして喜んだ。世銀総裁であるロバート・ゼーリックも、表面上は日本のこの決断に「歓迎の意」を表した。しかし腹の底は怒りで煮えくり返っていた。“ボブ”・ゼーリックは、“皇帝”デイヴィッド・ロックフェラーの直臣の一人である。
2月14日のローマG7会議の後、午後の記者会見が始まる前の昼食で、中川昭一氏のワイングラスに薬物(おそらくハルシオンという睡眠薬)が入れられた。ここに、日本財務省国際局長の玉木林太郎(56歳)という官僚と、この玉木林太郎と「特別に親しい関係にある」越前谷知子記者(現職の読売新聞経済部記者・35歳)が同席していた。他に2人、日本テレビとブルームバーグの女性記者がいた。
そして「この時、中川大臣にクスリを盛ったのは玉木と越前谷だ」というニュース記事がインターネットなどでさかんに流れた。越前谷記者はこの情報がネット上に出ると姿を隠して、顔写真とともに読売新聞の紙面から一旦、消えた。これだけの公的職業にありながら、その後、今に至るまで彼女からの弁明は一切ない。そして読売新聞社からの反論も一切ない。お前たちは犯罪者だ。犯罪者の集団だ。なぜこの者たちを、警察は検察庁は逮捕しないのか。警察や検察官までも含めてすべてグルであり、腐り果てた人間のくずたちだからか。
玉木林太郎は、あのローマでの事件のあと今年の7月14日に財務官(財務省の事務方の副大臣。英語ではバイス・ミニスター)に就任(出世)した。玉木財務官は中川昭一とは東京の麻布高校でも東大法学部でも同窓生である。自分が上司として仕えなければならない大臣を刺して失脚させておいての出世である。それからもう一人、あの“酩酊(もうろう)会見”の席で中川大臣の右隣に座っていた篠原尚之(この会見の時に財務官)は、この11月からIMFの副専務理事になることが決まった。
篠原尚之は中川大臣が呂律の回らない口で記者会見を続けている最中も、助け舟さえ出そうとせずに、ただじっと黙って知らん顔をしていた。“上司の失態”を間近で見ながらただ傍観していた。そしてその上司が無念の死を遂げた今、自分だけがぬけぬけと、IMF副専務理事という新たな職にありついた。
(引用ここまで)

中川大臣失脚後、我が国は毎月1兆8000億円の米国債購入を再開、われわれの血税が年21兆円も紙屑必至の米国債につぎ込まれているそうですよ。中川さんはそれを止めていた。だから米国の手先の財務省やマスゴミに嵌められ、叩かれ、失意のうちに亡くなってしまいました。国益のために体を張って抵抗した愛国者をまた一人失ってしまった。
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米国の覇権が終わってゆくさまと中国頼みのこれからについて書かれていますが、前著等でも書かれている先月亡くなった愛国者中川昭一氏への謀略への怒りも綴られています。
(引用開始)
p202
中川氏は昨年9月に財務・金融大臣に就任してから、アメリカに対して正論を吐き続けた。「日本はもうこれ以上、米国債を買い増ししたくない。アメリカは身勝手だ。アメリカはニューヨークで起きた金融危機の責任を自覚すべきだ」と言った。この1年間に数回、緊急で開かれたG7(7ヵ国財務相・中央銀行総裁会議)の席でも、日本を代表して堂々とアメリカを批判した。中川昭一は立派な愛国者であった。
この中川大臣の態度に徐々に怒り出したアメリカは、中川氏の弱点というべき“アルコール依存症”で彼を日本財務大臣の座から引きずり下ろすことを謀った。
現世界銀行総裁のロバート・ゼーリックが「もう我慢ならない。中川昭一を失脚させろ」と、自分の手下の日本財務官僚たちに命令を下した。中川大臣は左ページの写真にあるとおり、“酩酊会見”の前日(2月13日)に、「日本政府は1000億ドル(9兆円)をIMFに拠出する」として、IMFのドミニク・ストロスカーン専務理事と調印式を行っている。
これにアメリカは怒ったのである。すでに自分たちアメリカの金だと思っている、日本の外貨準備高1兆ドル(100兆円)のうち1割(1000億ドル=9兆円)を、チェコやハンガリーを緊急で助ける資金として日本が分け与えてしまったからである。IMFのストロスカーンは「今どき、こんな寛大な国は日本しかいない」と泣くようにして喜んだ。世銀総裁であるロバート・ゼーリックも、表面上は日本のこの決断に「歓迎の意」を表した。しかし腹の底は怒りで煮えくり返っていた。“ボブ”・ゼーリックは、“皇帝”デイヴィッド・ロックフェラーの直臣の一人である。
2月14日のローマG7会議の後、午後の記者会見が始まる前の昼食で、中川昭一氏のワイングラスに薬物(おそらくハルシオンという睡眠薬)が入れられた。ここに、日本財務省国際局長の玉木林太郎(56歳)という官僚と、この玉木林太郎と「特別に親しい関係にある」越前谷知子記者(現職の読売新聞経済部記者・35歳)が同席していた。他に2人、日本テレビとブルームバーグの女性記者がいた。
そして「この時、中川大臣にクスリを盛ったのは玉木と越前谷だ」というニュース記事がインターネットなどでさかんに流れた。越前谷記者はこの情報がネット上に出ると姿を隠して、顔写真とともに読売新聞の紙面から一旦、消えた。これだけの公的職業にありながら、その後、今に至るまで彼女からの弁明は一切ない。そして読売新聞社からの反論も一切ない。お前たちは犯罪者だ。犯罪者の集団だ。なぜこの者たちを、警察は検察庁は逮捕しないのか。警察や検察官までも含めてすべてグルであり、腐り果てた人間のくずたちだからか。
玉木林太郎は、あのローマでの事件のあと今年の7月14日に財務官(財務省の事務方の副大臣。英語ではバイス・ミニスター)に就任(出世)した。玉木財務官は中川昭一とは東京の麻布高校でも東大法学部でも同窓生である。自分が上司として仕えなければならない大臣を刺して失脚させておいての出世である。それからもう一人、あの“酩酊(もうろう)会見”の席で中川大臣の右隣に座っていた篠原尚之(この会見の時に財務官)は、この11月からIMFの副専務理事になることが決まった。
篠原尚之は中川大臣が呂律の回らない口で記者会見を続けている最中も、助け舟さえ出そうとせずに、ただじっと黙って知らん顔をしていた。“上司の失態”を間近で見ながらただ傍観していた。そしてその上司が無念の死を遂げた今、自分だけがぬけぬけと、IMF副専務理事という新たな職にありついた。
(引用ここまで)

中川大臣失脚後、我が国は毎月1兆8000億円の米国債購入を再開、われわれの血税が年21兆円も紙屑必至の米国債につぎ込まれているそうですよ。中川さんはそれを止めていた。だから米国の手先の財務省やマスゴミに嵌められ、叩かれ、失意のうちに亡くなってしまいました。国益のために体を張って抵抗した愛国者をまた一人失ってしまった。
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